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  • インタビュー 加納壮浩

この7月に、本社にあるラボ(実験施設)を新しく作り替えられたそうですね?

はい。一階を吹き抜けの実験フロアにし、二階のロフト部分は水処理関連の書籍を集めた書庫にするという、かなり大幅な改築をいたしました。
うちではもともと、このラボで実験•立証したことを撮影し資料としてまとめ、それをプレゼンテーションに使ったりしてきたわけなんですが、僕の意識としては、このラボで実験•立証するということこそが、水処理の技術を一番分かりやすく伝えられるアピールになると考えているんです。直接お客様に見ていただきたい。ですので、いちメーカーとして、この施設はきちんとしていなければいけないなと思い、改築に着手したんです。
あとは近い将来、このスイレイWebページでも、新しいラボでの実際の実験の映像などを公開し、様々なお客様に見ていただけるような仕組みも作っていきたいな、と考えています。こういうことも『スイレイの技術をいかに分かりやすく伝えていくか』という僕の一貫した考え方なのかもしれないですね。

加納壮浩

スイレイに入る前にしていた仕事は、今、どうのように生きていますか?

23歳から5年間、東京でカメラマンのアシスタントをしていた頃のことは、今でも本当に役に立ってますね。
僕は、大判のフィルムカメラで建築物を中心に撮影をしているカメラマンに師事していたんですが、とにかくそこで先輩と後輩のあり方、師匠と弟子のあり方、というのを徹底的に学ばせてもらいました。
建築写真の撮影現場では、カメラマン、これは当時の僕からすると師匠に当たるわけなんですが、そのカメラマンの役割というのは、構図を決めてシャッターを切ることのみ。そして、それ以外の撮影に関わるほぼ全てのことはアシスタントの仕事なんです。なので、機材の手配、セッティング、フィルムの充填、撮影の補佐全般、現場からの撤収、そのすべてが僕の仕事だったわけです。そして、ひとつの撮影が終わったらいかにスムーズに次の撮影に移れるか、それがアシスタントのレベルになってくるんです。つまり、次の行動に移る時、あなたはどれだけ気がつけるの? ということを常に問われるわけです。
これは、本当に今の仕事に繋がっていますね。次にお客様が求めていることは何なんだろう? ということが会話の中で自然に読み取れるようになったのは、こういった経験が大きいと思いますね。当時は愚痴ばっかり言っていましたけど(笑)
僕はそもそも、姉、姉、僕っていう環境の中で育ったので、世間一般からみるといわゆる甘ちゃん育ちだったかもしれないんですけど、この東京でのアシスタント生活をまっとうできたことが、自分の強いバックボーンになっている、と今では思っています。

写真家を志した、そもそものきっかけは?

つい最近、実家を掃除していたら出てきたんです。スケッチブックにいっぱい描かれた絵が。僕が一番最初に始めた習い事が絵画教室だったんですけど、本当に幼い頃からクレヨンで、とにかく放っておけばずっと絵を描いているような子供だったんです。そこからだんだんアートに興味を持つようになって、美術系の仕事に進みたいと思い、そういう専門学校に通ったりもしていたんですけど、どうも机にじっと座って絵を描いたりするのは自分の性に合わない。さて、どうしようか思い悩んでいた頃、星野道夫というアラスカの風景と動物を撮っているカメラマンの写真展にたまたま行ったんですよ。その時に、その場で心を奪われてしまって、もう写真の世界に入ろう、と心に決めたのがきっかけですね。
もともと漠然と、人に笑ってもらったり喜んでもらったりするのが好きだったので、こういう表現の仕方があるんだということを知って、そこからのめりこんで行った感じですね。

加納壮浩

仕事をしていく上で、今、一番に大事していることはどんな事ですか?

写真の仕事をしていた頃の自分とも繋がっているんですが、僕が常に心がけていることは「とにかく人に喜んでもらいたい」ということなんです。現状からどのようにしたらその物事が良くなるのか?、この人に幸せを感じてもらうためにはどうすれば良いのか?、これはイコール「サービス」というものに繋がっていくと思うんですけど、そういうことを考えた上で実践に移していくことが、すごく性にあっていて好きなんです。「経営」という思考は、まだ自分の頭の中で全然育っていないと思う反面、「サービス」「マネージメント」という思考に対しては、いまものすごくチャンネルがあっているので、それを常に意識しながら仕事をすることを心がけています。

本日はどうもありがとうございました。