専門知識・解説
2025.01.30

水処理におけるリン除去の基本的な方法と注意ポイント

水処理におけるリン除去の基本的な方法と注意ポイント

リンは、農業や工業において不可欠な元素である一方、水環境においては富栄養化の主要な原因物質として知られています。

湖沼や沿岸海域での植物プランクトンの異常増殖を引き起こし、水質悪化や生態系への影響を及ぼすため、排水中のリン濃度を適切に管理・除去することが非常に重要です。

そこで今回は、リンを除去することの重要性や基本的な技術について、わかりやすく解説します。水処理に関わる方はぜひ参考にしてください。

リンの特徴と環境問題

リン(化学記号:P)は、自然界や人間活動において極めて重要な元素の一つです。その一方で、環境に及ぼす影響も少なくありません。

リンの役割と水環境への影響

リンはDNAやRNAなどの遺伝物質、ATP(アデノシン三リン酸)として細胞エネルギーの供給に関わります。骨や歯を形成する際の重要な成分であり、植物や動物、微生物にとって欠かせない栄養素です。

私たちの生活の中にも根付いており、農業ではリンを含む肥料が広く使用され、作物の成長を促進します。また、工業用化学製品、洗剤、食品添加物にも利用されています。

しかし排水中のリンは、湖沼や河川などの閉鎖性水域で植物プランクトンの栄養源となります。過剰なリンの流入により、植物プランクトンが異常増殖し、いわゆるアオコや赤潮などの問題を引き起こします。

プランクトンが死滅した後、分解過程で大量の酸素が消費され、水域が酸欠状態になります。そのため、魚類や他の水生生物が生存困難になってしまいます。

酸欠や水質悪化は、水生生物の多様性を損ない、異臭や水の変色は湖や川の美観を損ね、観光業や地元の経済に悪影響を及ぼします。

なぜリンの除去が重要なのか?

リンは富栄養化の主要な原因物質ですから、自然の水循環や水生生物の生息環境を維持し、魚類、植物、微生物など多様な生物が調和した状態を保つためにも、過剰なリンは除去しなくてはなりません。

リンによる水質汚染が進むと、飲料水や産業用水の確保が難しくなる可能性があります。特に、水源が汚染されると浄化コストが増大します。

そのため、日本の排水基準では、生活排水や工業排水中のリン濃度に厳しい規制が課されています。

リンの水処理基準

環境省は、水質汚染防止法に基づき、排水中のリン濃度に関する基準を定めています。この基準は、事業者が排出する排水中のリン濃度を規制し、水環境の保全を図ることを目的としています。

環境省の排水基準値

日本の環境省は、水質汚濁防止法に基づき、公共用水域への排水に含まれるリン濃度について厳しい基準を設けています。これらの基準は、水環境を守り、富栄養化を防止する目的で設定されています。

【一般的な排水基準】
16mg/L(日間平均 8 mg/L)

東京湾など閉鎖性水域に排出する場合の上乗せ基準より厳しい基準が設定されることがあり、地域によって異なります。

基準遵守の重要性

排水基準を遵守することで、リンの排出を抑え、富栄養化による水環境の悪化を防ぐことができます。

・湖沼や河川の透明度の維持
・水生生物の多様性の確保
・生態系サービス(漁業資源、観光資源)の安定的利用
など、生態系の保全には不可欠です。

また、基準を守らない排水が原因で水質汚染が進行すると、飲料水を確保することが難しくなり、住民への水道料金の負担が増加する可能性があります。観光地や漁場としての価値も低下し、地域経済に深刻な影響を及ぼすでしょう。

富栄養化は、日本だけでなく、世界中で深刻な問題となっています。排水基準値の遵守は、地球規模での環境問題解決に貢献します。

リンの除去の基本的な方法

リン除去は、水環境保全において非常に重要なプロセスです。ここでは、代表的な4つのリン除去方法について、それぞれの特徴を詳しく解説します。

1.凝集沈殿法

凝集沈殿法は、カルシウム塩やアルミニウム塩、鉄塩などの凝集剤を排水に加えることで、リンと反応させて不溶性のフロックを生成し、これを沈殿させる方法です。

操作が比較的簡単で、幅広い濃度のリンに対して適用できます。短時間で処理できるため、急激なリン濃度の上昇に対応できるのもメリットです。

一方で、処理に使用する薬品コストがかかり、発生する汚泥の量が多く、処理が必要である点を考慮しなくてはなりません。

2.生物脱リン法

生物脱リン法は、特定の微生物(脱リン菌)を利用してリンを細胞内に取り込ませ、リンを排水から除去する方法です。好気条件(酸素がある)および嫌気条件(酸素がない)を交互に繰り返すことで、微生物がリンを細胞内に蓄積し、その後、脱離させる現象を利用します。

化学薬品をほとんど使用しないため、環境負荷が低いこと、汚泥のリン濃度が高くなるため、リン資源として回収しやすい点がメリットです。ただし、プロセスがやや複雑で処理にも時間がかかります。

3.吸着法

吸着法は、活性炭やゼオライトなどの吸着剤を用いて、排水中のリンを吸着させる方法です。

特定の物質を選択的に吸着できるため、他の成分への影響が少なく、一部の吸着剤は再生して繰り返し使用できます。

ただし、処理能力が吸着剤の選択性や容量に依存することから、処理コストが高くなる傾向があります。また、吸着容量が有限であるため、定期的な交換が必要です。

4.晶析脱リン法(MAP法)

晶析脱リン法は、マグネシウムアンモニウムリン酸塩(MAP)という結晶を生成させることで、リンを除去する方法です。マグネシウム塩とアンモニアを排水に加えることで、リンと反応して不溶性のMAP結晶を生成させます。

MAPは肥料として利用できるため、リンの回収・再利用が可能ですが、温度によって結晶生成速度が変化するため、温度管理が重要です。

リン除去の課題と注意点

リン除去は水質改善や環境保護のために重要なプロセスですが、実施には多くの課題と注意点が伴います。

コストの問題

凝集剤や吸着剤などの薬品コストは、処理量や排水成分によって大きく変動します。

設備投資にも費用がかかります。特に生物脱リン法や晶析脱リン法などでは、高度な処理設備が必要となり、初期投資が大きくなることがあります。

副産物の処理

凝集沈殿法や生物脱リン法では、大量の汚泥が発生します。この汚泥の処理には、新たなコストがかかり、最終処分場への負担も増大します。

汚泥中にリンが濃縮されているため、リン資源として回収する試みもされていますが、技術的な課題や経済的な課題が残されています。

処理プロセスの選定

生活排水、産業排水、農業排水など、排水の性質によってリンの濃度や形態が異なるため、処理方法を柔軟に選択・組み合わせなくてはなりません。

また、排水中のリンの濃度や形態(溶解性リン、懸濁性リン)を考慮し、最適な処理プロセスを選ぶ必要があります。複数の方法を組み合わせることで、除去効率が向上する場合もあります。

たとえば、よくいただく相談として、無電解めっきに使用されるリンがカルシウムやマグネシウムを添加している場合でも、処理が難しいというケースがあります。

これは、カルシウムやマグネシウムと反応するのはリン酸の形態であるリンのみであり、めっき液に使われる次亜リン酸では反応しないためです。次亜リン酸を酸化してリン酸に変換することで、カルシウムやマグネシウムと反応させることが可能になります。

このように、前処理が必要な場合があるため、適切な処理プロセスを設計が必要となるケースもあります。

まとめ

リンの除去は水処理において重要な課題であり、さまざまな方法が存在します。凝集沈殿法や生物脱リン法、吸着法、晶析脱リン法(MAP法)などが用いられ、それぞれに特徴と課題があります。

技術的な管理やコスト面を考慮して、最も適切な方法を選ぶことが大切です。